壮年・中年になってから本好きになりました。

Kabは小学校時代、勉強は授業中だけすればよい、その授業中にすべて覚えるものだ、と考えていて、そう実行した。毎日駆け回り、毎日野球をしていた。科学の本だけは読んだが、他は読まなかった。ただ、中学受験や中学校入学後は、「世の中には頭がいいやつがたくさんいる」と痛切に感じたので、家に帰っても勉強するようになった。それでも教科書以外、本は読まなかった。

不動産業界に入った23年前からは、税金、金融、法律の本は熱心に読むようになった。本好きになったのは壮年〜中年になってからだ。

現在は、月に2〜3冊読んでいる。乱読のたぐいだが、やはり石油会社エクソンで働いていたから、エネルギー関係の本が多い。

最近、次の本は、読んで面白かった、同時にとてもためになった。

 

(1)海賊とよばれた男(上)・(下) 百田 尚樹著 講談社

Kabは感動・感激し、何回も感涙した。

(2)日本はなぜ、「基地」と「原発」を止めれないのか 矢部 宏治著 集英社インターナショナル

3.11による福島原発事故の責任者はだれも罪に問われないのはなぜ?
沖縄の普天間基地のすぐ横を米軍機は低空飛行しないのはなぜか?
日米安保条約と日本国憲法とどちらが上位にあるのか?
を歴史的に解明している。

(3)核を求めた日本、被爆国の知られざる真実 「NHKスペシャル」取材班著 光文社

日本政府はなぜ、原発にこだわるのか、追及している。
そして、「核兵器製造の経済的・技術的ポテンシャルは常に保持する」と、書かれている報告書『わが国の外交政策大綱』を見つけるのである。
取材は2011年3・11より以前になされたが、本が出版されたのは3.11の翌年の2012年1月であった。出版はどういう訳かNHK出版ではなく、光文社である。

kabは真実を求めてやまない。
真実「誠」を持っている人は、人間愛に溢れている。その方々はありがたくもずっと親友でいてくれている。

「中堅」に成長したプロ野球選手に期待する!!

「Kabは野球が大好きです。小学校時代はほとんど毎日『鏑木山(かぶらぎやま)』(現在は品川区旗の台の昭和医科大学)のグラウンドでキャッチボール、三角ベースをしていました。また、ちょうど10年先輩(Kabと同じ2月20日生まれ)の、同じ千葉県佐倉出身の長嶋茂雄さんが大好きです。」と3年前に書きました。

そして、3年前の7月のオールスター戦の前に、次の予言をしました。

斎藤佑樹 投手(日本ハム)

今シーズンは5勝止まり。

甲子園の時の大きくゆったりしたフォームがなくなり、せせこましくなり、上半身に頼るフォームに変わってしまった。早稲田大学で「勝つ」ための野球に徹しすぎた余り、成長しなかった。今シーズンは5勝止まりで終わってしまうでしょう。

甲子園で優勝を争ったライバル:田中将大投手(東北楽天イーグルス)は前監督の野村さんの「神さま、仏さま、マーくん」とする育て方・鍛え方がよく、甲子園の時よりもフォームが大きくスムーズに変わっていて、しかも足腰・下半身がさらに大きく成長している。気迫も十二分にあるから大投手になる。

沢村拓一 投手(読売巨人軍)

一人で野球をしている→独りでは勝てず。

野手の人たちと呼吸が合っていない。沢村投手のほうに問題ありとKabは見る。沢村投手は「押さえてやる」の気持ちの余り、チームで勝利するという気持ちよりも「自分」が強すぎるのではないか。

あれだけスピードがあり、キレのある球を投げるのに勿体ない。10勝以上できる力があるのに、今季は7勝で終わってしまうでしょう。

中田 翔 内野手(日本ハム)

新人の時の「出れば三振」を完全に乗り越えた。

中田選手は3年前に「高校ビック3」の佐藤由規投手(東京ヤクルトスワローズ)、唐川侑己投手(千葉ロッテマリーンズ)と並んで、大型新人としてプロ野球入りした。

周囲は「期待大」であったが、プロ野球のスピードについていけず、打席に立つと三振続きであった。まるで長嶋さんが、入団早々金田正一投手から、何回も三振されられた時と同じであった。

人の何倍も練習してきたのだと思います。長嶋さんに並ぶ球界を代表する大・大三塁手になる。

今現在、私の予言どおりになりました。斎藤佑樹投手には、1974年にドラフト外で巨人軍に入団し「カミソリシュート」でエースになった西本聖さんの「ヒジを使えば痛めるから、ヒジを使わないでシュートを投げる」ことを学ぶべし(生意気ですが)を言いたい。

沢村拓一投手には、今回2014年CSシリーズ第二戦10/16(木)に、阪神 上本博紀選手に危険球を投げ、敗戦投手になったことにすべてが凝縮している。その前に捕手のブロックが甘く、阪神に先取点を許したからと言って、「力」だけの投球になったね。150キロを越す速球があるのだから、心も大成して欲しい。

中田翔選手には、日本ハムのみならず、球界を代表する大・大選手になってくれることを期待します。

長嶋さん(巨人軍終身名誉監督)に政治的発言をさせないで!!

同郷(千葉県佐倉)の長嶋さんは野球の「3」だから不滅です!!

読売巨人軍に内紛が起きています。

部外者のKabにとっては、渡邉・現球団取締役会長にも、清武・前GMにも、それぞれリクツや正当性があると感じます。

しかし、体勢崩れても、タイミングはずされても、どんな悪球も打ち返せることのできる長嶋茂雄さんに、野球以外のことを、ことに政治的発言、裁判にもなってしまう微妙な事態について発言を求めるのはやめて欲しい。背番号「3」は、野球の「3」として不滅です。純粋に野球100%の長嶋さんに夾雑物を加えないで欲しい。

少年野球教室で、「球がこうスッと来るだろ」、「そこをグゥーッと構えて腰をガッとする」、「あとはバカッといってガーンと打つんだ」と、身振り・手振りで教えてくれる長嶋さんをかつぎ出すのはやめて欲しい。あまりの敬遠の多さに、バットを逆さに持ってバッターボックスに入る、そういう野球の「3」の長嶋さんを汚さないで欲しい。

それほどまで(長嶋さんを登場させなければならないほど)、渡邉取締役会長さんは「分」が悪いのですか?!

やはり、プロ野球は2リーグ制でよかった!!

7年前の2004年に、「大阪近鉄バッファローズ」と「オリックスブルーウェーブ」の合併話がでてきた時、渡邉会長は2リーグ制を1リーグ制にするべく意見を言っていたこと、2リーグ12球団の現行維持を守るためストライキまでした日本プロ野球選手会(当時会長 古田敦也さん=ヤクルトスワローズの名捕手)に対して、「無礼なことを言うな。分をわきまえなきゃいかんよ。たかが選手の分際で。」と放言したことをKabは忘れません。

逆に、現役時代は3回も三冠王を獲得し、前中日監督で、中日を常勝チームに育てた落合博満さんは2004年には、プロ野球選手会を支持・激励する発言をしました。今年の日本シリーズを見るにつけ、プロ野球は2リーグ制でよかった、とKabは思います。

Kabは、第一に大好きなのは長嶋茂雄さん(同じ誕生日2/20で、丁度10年後輩で、同じ千葉県佐倉出身です。今でも佐倉市に「鏑木町」があります)です。その次に好きなのは落合博満さんと古田敦也さんと篠塚利夫さんです。

落合監督、古田ヘッドコーチ、篠塚サブヘッドコーチ、という布陣のチームができたら、Kabは応援します。

こうだから日本のサッカーは強くなった!!

サッカー選手の長谷部誠さんの本「心を整える。」と長友佑都さんの「日本男児」を読みました。
どちらも流石に国際的に活躍している選手だけあって、考えること、努力していることは私のレベルをはるかに超えています。(比較すること自体がおこがましいですが・・・)
こうだから、日本のサッカーは世界のトップレベルにまで強くなった、とKabは思いました。
約20年前はJリーグのチームが大学のチームに敗れることが時にはありました。しかし、今は日本のサッカーはアジアNO.1ですし、世界のトップクラスです。
長谷部誠さんは、しっかりと精神をコントロールする中で、肉体を最大限活かす努力を常にしています。

「世界一のサイドバックになる」(長友佑都さん)

長友佑都さんはこの本の中でも少なくとも6回は「世界一のサイドバックになる」と広言し、そこに向かって一直線に突進していることがよくわかります。
しかも明治大学時代、椎間板ヘルニアによる腰痛を発症し寝込んだこともあったのを、“体幹を鍛える”ことで克服したとのことです。おそらく医術のプロである整形外科のお医者さんは「神技以上」と驚いていることではないでしょうか。
現在野球解説者の野村克也さんが、かつて肩痛を腕立て伏せ等で筋肉を鍛えることで克服した、と聞いたことがあります。

長谷部誠さんのどの言葉も深〜い!!

長谷部誠さんが浦和レッズに加入してすぐの(2軍の)遠征メンバーに選ばれ、家族も全員で応援に来てくれ、「無性にテンションが上がった」が、ベンチを温めるだけだった、と言う。
ここから長谷部誠さんは、現在の日本サッカー代表チームの主将にまではい上がってきたのだから、すさまじい努力をしてきた、とKabは尊敬します。
「心を整える。」の著書の中でKabが特に、そうそう、その通り!長谷部さんの言うとおり、と思った言葉を紹介します。

  • 恨み貯金はしない。:Kabは恥じるばかりです。
  • お酒のチカラを利用しない。:Kabは賛成、実行しています。
  • 真のプロフェッショナルに触れる。:三浦和良さん(カズさん)はやはり偉大です。
  • 運とは口説くもの:Kabは強運です。常にこうして運気を逃さずに努力しています。
  • 常に最悪を想定する。:Kabは公私ともそう思考するとともに、野村克也さんが言われる「覚悟に勝る決断なし!」と自分を叱咤し続けます。
  • 苦しいことは真っ向から立ち向かう。:Kabもそう努力しているつもりです。・・・が、しかし「つもり」で終わっている自分を恥じるばかりです。
  • 自分の名前に誇りを持つ。:ご先祖様なり、父からいただいた名前[鏑木泰]は自分の存在であるから、Kabは大切にしたい。

Kabは皆さんに、長谷部誠さんの本も長友佑都さんの本もお読みになることを強く勧めます。

若いプロ野球の選手に期待する!!

Kabは野球が大好きです。小学校時代はほとんど毎日「鏑木山(かぶらぎやま)」(品川区旗の台の昭和医科大学)のグラウンドでキャッチボール、三角ベースをしていました。また、ちょうど10年先輩(Kabと同じ2月20日生まれ)の長嶋茂雄さんが立教大学時代から大好きでした。
Kabは大学時代は工学部体育会系水泳部(創設者は現日本水連会長・工学博士の佐野和夫先輩)に所属し、社会人になってからはエッソ石油野球部で主将で捕手でした。
Kabは身体が小さく、筋力もないので、人一倍「技術」を磨きました。
その経験から、プロ野球の若い方々をKab理論で批評いたします。

斎藤佑樹 投手(日本ハム)

今シーズンは5勝止まり。
甲子園の時の大きくゆったりしたフォームがなくなり、せせこましくなり、上半身に頼るフォームに変わってしまった。早稲田大学で「勝つ」ための野球に徹しすぎた余り、成長しなかった。今シーズンは5勝止まりで終わってしまうでしょう、とKabは思う。名キャッチャーであった日本ハム・梨田監督が、大きく育て直してくれることを期待します。
甲子園で優勝を争ったライバル:田中将大投手(東北楽天イーグルス)は前監督の野村さんの「神さま、仏さま、マーくん」とする育て方・鍛え方がよく、甲子園の時よりもフォームが大きくスムーズに変わっていて、しかも足腰・下半身がさらに大きく成長している。気迫も十二分にあるから大投手になる、とKabは期待しています。

沢村拓一 投手(読売巨人軍)

一人で野球をしている→独りでは勝てず。
野手の人たちと呼吸が合っていない。沢村投手のほうに問題ありとKabは見る。沢村投手は「抑えてやる」の気持ちの余り、チームで勝利するという気持ちよりも「自分」が強すぎるのではないか。
あれだけスピードがあり、キレのある球を投げるのに勿体ない。10勝以上できる力があるのに、今季は7勝で終わってしまうでしょう。

中田 翔 内野手(日本ハム)

新人の時の「出れば三振」を完全に乗り越えた。
中田選手は3年前に「高校ビック3」の佐藤由規投手(東京ヤクルトスワローズ)、唐川侑己投手(千葉ロッテマリーンズ)と並んで、大型新人としてプロ野球入りした。
周囲は「期待大」であったが、プロ野球のスピードについていけず、打席に立つと三振続きであった。まるで長嶋さんが、入団早々金田正一投手から、何回も三振されられた時と同じであった。
3年目の今年、中田翔選手は下半身をしっかり構え、振りも鋭く、しかもしなやかで、立派な日本ハムの四番です。この3年間、人の何倍も練習してきたのだと思います。長嶋さんに並ぶ球界を代表する大・大三塁手になるとKabは期待しています。

(2) 郵政問題「ゆうぽうと世田谷レクセンター」を売却リストから除外?

 日本郵政公社は、昨年2008年(平成20年)に「かんぽの宿」を一括売却(いわゆるバルクセール)をすることを決めた。

 おかしいことの第一は、一括売却(バルクセール)の方針です。

 当時の新聞にも「1円でも高く売るという信念が感じられない」(破産管財人の経験豊富な永沢徹弁護士)と批判されていました。Kabのいる不動産業界では、バルク売却というと、回収見込みのない債権(担保なしの債権又は後順位抵当権債権)を早く売却する手法です。要するに、安くてもよいから早く換金化することの場合だけです。いわゆるタタキ売り。

 第二は入札〆切り直前に世田谷区鎌田二丁目にある「ゆうぽうと世田谷レクセンター」(野球場、プール、テニスコート等もある広大なスポーツ施設。現在はセントラルスポーツが運営を任されている)をリストから除外したことです。

 この「ゆうぽうと世田谷レクセンター」は、第2種中高層住居専用地域(建ぺい率60%、容積率200%)にあり、転用すれば広大かつ良質なマンション用地となり、分譲マンション開発業者がこぞって欲しがる物件です。そうなれば100億円規模の物件となります。ここにリストから除外した理由が隠されているのではないでしょうか。誰か真相を知っている人は、教えていただけないでしょうか。

 「ゆうぽうと世田谷レクセンター」は約40年前に新規オープンし、当時は「簡易保険青少年レクセンター」という名で、たまたまKabの父(野球も水泳もテニスも大好きなスポーツマン)が初代所長を務めていました(いわゆる天下りですが)ので、その行方には関心を持っております。当時、Kabはエッソ石油野球部の主将でしたので、毎月のように利用していました。野球場の予約をとるために、Kabはほぼ徹夜で「レクセンター」の入口に並びました。父は朝8時には運動靴にジャージ姿で張り切って出勤していました。ちなみに、Kabは、大きい声を出せるので、野球のポジションは、キャッチャーでした。