日産ガンバレ!! 自主・自立・独立自尊の道を歩め!!

日産自動車は、「技術の日産」として、「ブルーバード」、「スカイライン」、「サニー」、「フェアレディZ」、「シーマ」とつぎつぎと名車を世に出し、企業人気ランキングでも必ず上位に入っていた。私は、大学時代以来今日までの間、これらすべての車を運転しました。現在は電気自動車の「リーフ」を乗っている。「リーフ」の電気代(つまりランニングコスト)はどんなに乗っても月間1,600円、加速よい、暖機運転(出発時のアイドリング)不要だし、◎です。不便は充電時間に30分必要だが、それも休憩タイムと考えれば、どうと言うこともない。私の同期でも、自動車会社に就職した中で、バイク好きはホンダに、西の出身者はトヨタに、優秀なエンジニアは日産に入社した。しかし、日産は市場の要求に徹底的に応える車を開発・販売するトヨタに追い抜かれた。逆に、トヨタは先ずは「カローラ」で同列に並び、「マークⅡ」、「クラウン」で日産を離し、さらに「レクサス」でその差を決定的にした。日産は債務過多の企業に凋落した。1999年にルノーの傘下に入ってしまった。何故、日本政府なり、日本の銀行団は当時日産を助けられなかったのか。たとえ、バブル崩壊としても、何故ムザムザとルノーの傘下にさせてしまったのか、を具体的に解明せずして、一部の幹部の独善・専横によって何回でも経営危機に落ちていく、と私は思う。日産は、最新の技術開発に邁進し、「技術の日産」をさらに磨いて、ガンバレ! 1990年代に日産は何故倒産危機に陥ったのか?日産は1950年代、1960年代にエンジン、ディファレンシャルギアなど車の基礎部分が秀れていたことに傲りがあり過ぎて、高速道路時代に入った1970年代、1980年代にオーバートップギアや5速オートマチックなど市場から要求されていた応用技術で遅れた。当時のトヨタ自販の社長は「販売の神様」といわれた神谷正太郎さんで、販売つまり市場が求める車を否応なく、トヨタ自工に作らせた。日産が車作りの後手に回っただけ、でなく、当時日産は、川又克二さん(日本興業銀行出身)、石原俊さん(日産生え抜き)、塩路一郎さん(労働組合会長)の三人の権力者の権力争いが激しく、人事が硬直化した、その結果、日産は倒産危機に陥った、と私は思う。(詳しくは下掲の本に書かれている。但し立場により評価が異なる。)イギリス生まれのかつての有力自動車会社は、今はない!日産がルノー傘下に入った時と同時期に、イギリスの有力自動車会社はすべて他国に売られていった。その時のイギリスの首相は「鉄の女」と言われたマーガレット・サッチャーさんだった。

・ロールスロイス  ⇒ 独 BMW傘下

・ミニクーパー   ⇒ 同上

・ベントレー    ⇒ 独フォルクスワーゲン傘下

・ジャガー     ⇒ 印タタ・モーターズ傘下

・ランド・ローバー ⇒ 同上

・ボクスオール   ⇒ 米 GM

世の中に「上り坂」、「下り坂」に加えて「まさか」はある、と識者は言う。日本の自動車産業は「まさか」イギリスと同じ道はあるのか。世の中はEV(電気自動車)、PHEV(プラグインハイブリットカー)に急速に大転換する。日産はガンバレ!日産は、自主・自主・独立自尊の道を堂々と進め!!(尚、私=kabはEsso/ Exxon時代、新しいトヨタ車向けエンジンオイルの開発に一時期従事していましたので、「カローラ」、「マークⅡ」「クラウン」どれも運転し易くて、大好きです。