中国のバブル崩壊後の日本は?

東京の中心地の土地価格が高騰を続けています。中国の株バブル崩壊の報道の後、ここにきて2020年の東京オリンピック後も不動産価格は下がらない、との予測が東京の不動産業界の先輩たちから言われています。ファンド等の投資家は、中国への投資を引き上げ、政治・治安の安定している日本(それも銀座/青山/新宿などの中心部と京都など極一部に集中)へシフトするのかもしれません。

26年前の中国・北京「天安門事件」が日本の不動産バブルの主因

26年前の1989年6月に「天安門事件」が起き、その直後に日本の不動産バブルがピークとなり、1991年にバブルは崩壊した。それまでの土地は必ず上がる「土地神話」も崩壊した。
年表にすると以下のとおりです。

1966年 中国「文化大革命」が本格化
1972年2月 ニクソン米国大統領が中国訪問し、米中国交正常化。
9月 日中国交回復:田中角栄(当時)首相と周恩来(当時)国務院総理が日中共同声明に署名。
1984年 中英間で97年香港返還に最終合意
1985年 プラザ合意=急激な円高ドル安。235円/ドルから1年後には1ドル150円前後。
1989年6月 中国・北京「天安門事件」
1989年12月29日 東証株価史上最高値38,957円。以後下落の一途。
(平成元年)
1990年4月 中国「基本法」制定し「一国二制度」を香港に適用すると事実上決定。
1990年  日本・不動産バブルのピーク。翌年からバブル崩壊し、「土地神話」崩壊。
以後「失われた20年」
1992年1月 鄧小平・中国最高指揮者の「南巡講和」(いわゆる全国行脚)開始。
1997年7月 香港が中国に返還される。

当時、日本の不動産バブルの原因は、「1985年のプラザ合意をきっかけとする日本国内需要拡大を促進するための日本の金融の過剰流動性」と言われていた。何故、「過剰流動性」と言われるインフレ経済のその投資先が不動産に集中し、まさに不動産バブルを作ったのか、それも大手都市銀行が積極的に実行したのか、です。

それは「天安門事件」で、当時(今もだが)国際ビジネス拠点都市であり国際金融センターの香港が、中国に返還されると、「天安門」のように弾圧され、ビジネス拠点はなくなってしまう、そのビジネス拠点の移転先が、政治、治安も安定している日本(東京圏・関西圏・名古屋圏)になる、と大手都市銀行など金融のプロが予測したからと思う。そして、1992年の「南巡講和」という中国最高指揮者による融和政策、その直前の「基本法」制定で、中国政府は、香港からこれまでの国際ビジネス拠点・国際金融センターの地位を奪うことはない、と明白になったから、日本の不動産バブルは急速に崩壊した、と弊社は分析しています。

日本では、遊休の不動産は売却すべしです。

今、中国の株バブルは崩壊し、爆発事故の多発などの要素もあり社会不安が増大しています。

弊社の意見は、リスク大だが利益大を狙うのであれば東京の中心部と京都の物件を購入すべしです。しかし相続対策を含め長期対策としては、遊休の不動産はすみやかに現金化し、相続資金として保有する、又は住宅/教育資金として直系尊属の子や孫に贈与する、が適切と思います。

駅から徒歩圏(徒歩15分以内)から遠いところに賃貸物件を建てることは、借金を増やす効果しかないと申し上げます。港北ニュータウンも賃貸物件過剰時代に入りましたから、賃貸収入は激減します。