「中堅」に成長したプロ野球選手に期待する!!

「Kabは野球が大好きです。小学校時代はほとんど毎日『鏑木山(かぶらぎやま)』(現在は品川区旗の台の昭和医科大学)のグラウンドでキャッチボール、三角ベースをしていました。また、ちょうど10年先輩(Kabと同じ2月20日生まれ)の、同じ千葉県佐倉出身の長嶋茂雄さんが大好きです。」と3年前に書きました。

そして、3年前の7月のオールスター戦の前に、次の予言をしました。

斎藤佑樹 投手(日本ハム)

今シーズンは5勝止まり。

甲子園の時の大きくゆったりしたフォームがなくなり、せせこましくなり、上半身に頼るフォームに変わってしまった。早稲田大学で「勝つ」ための野球に徹しすぎた余り、成長しなかった。今シーズンは5勝止まりで終わってしまうでしょう。

甲子園で優勝を争ったライバル:田中将大投手(東北楽天イーグルス)は前監督の野村さんの「神さま、仏さま、マーくん」とする育て方・鍛え方がよく、甲子園の時よりもフォームが大きくスムーズに変わっていて、しかも足腰・下半身がさらに大きく成長している。気迫も十二分にあるから大投手になる。

沢村拓一 投手(読売巨人軍)

一人で野球をしている→独りでは勝てず。

野手の人たちと呼吸が合っていない。沢村投手のほうに問題ありとKabは見る。沢村投手は「押さえてやる」の気持ちの余り、チームで勝利するという気持ちよりも「自分」が強すぎるのではないか。

あれだけスピードがあり、キレのある球を投げるのに勿体ない。10勝以上できる力があるのに、今季は7勝で終わってしまうでしょう。

中田 翔 内野手(日本ハム)

新人の時の「出れば三振」を完全に乗り越えた。

中田選手は3年前に「高校ビック3」の佐藤由規投手(東京ヤクルトスワローズ)、唐川侑己投手(千葉ロッテマリーンズ)と並んで、大型新人としてプロ野球入りした。

周囲は「期待大」であったが、プロ野球のスピードについていけず、打席に立つと三振続きであった。まるで長嶋さんが、入団早々金田正一投手から、何回も三振されられた時と同じであった。

人の何倍も練習してきたのだと思います。長嶋さんに並ぶ球界を代表する大・大三塁手になる。

今現在、私の予言どおりになりました。斎藤佑樹投手には、1974年にドラフト外で巨人軍に入団し「カミソリシュート」でエースになった西本聖さんの「ヒジを使えば痛めるから、ヒジを使わないでシュートを投げる」ことを学ぶべし(生意気ですが)を言いたい。

沢村拓一投手には、今回2014年CSシリーズ第二戦10/16(木)に、阪神 上本博紀選手に危険球を投げ、敗戦投手になったことにすべてが凝縮している。その前に捕手のブロックが甘く、阪神に先取点を許したからと言って、「力」だけの投球になったね。150キロを越す速球があるのだから、心も大成して欲しい。

中田翔選手には、日本ハムのみならず、球界を代表する大・大選手になってくれることを期待します。

「天安門」事件にならない解決を!!

香港で民主主義を訴える若者が中心に行動を起こしている。25年前の「天安門」事件のような悲劇で「終結」となるは二度とやめてほしい。

思い返すと1989年(平成元年)6月に「天安門事件」が起き、その直後に日本の不動産バブルがピークとなり、1992年にバブルは崩壊した。年表にすると以下のとおりです。

1968年(昭和43年)
鏑木、大学を卒業し、エッソ石油(エクソン)入社。
1972年(昭和47年)2月
ニクソン米国大統領が中国訪問し、米中国交正常化。
9月
田中角栄総理大臣が中国訪問し、日中国交回復。
1973年(昭和48年)
第四次中東戦争、第一次石油危機。以後石油支配管理権は、石油メジャーから原油産出国に移った。
1984年(昭和59年)
中英間で97年香港返還に最終合意
1985年(昭和60年)
プラザ合意=急激な円安ドル高(それでも240円→210円/ドル、1年後は150円/ドル)
1989年(平成元年)6月
中国・北京「天安門事件」
12月
日経平均株価 最高値38,915円87銭をピークに、以後暴落に転じた。
1990年(平成2年)4月
中国「基本法」制定し、「一国二制度」を香港に適用すると事実上決定。
(現在、香港の若者が言うには、この「一国二制度」が形骸化されている、とのこと。)
 日本不動産バブルのピーク。翌年から地価暴落。停滞の20年の始まり。
1992年(平成4年)1月
鄧小平・中国最高指揮者の「南巡講和」(いわゆる全国行脚)開始。
「計画と市場は全て経済的手段であり、社会主義と資本主義の質において違いはない」などと述べた。
1997年(平成9年)7月
香港が中国に返還される。

当時、日本の不動産バブルの原因は、1985年のプラザ合意をきっかけとする、日本国内需要拡大を促進するための日本の金融の過剰流動性と言われていた。要するに過度なインフレ経済であった。現在、その過剰流動性を上回る超金融緩和である。日銀総裁の言う「異次元の金融緩和」である。

それは「天安門事件」で、当時(今もだが)国際ビジネス拠点都市であり、国際金融センターの香港が中国に返還されると、「天安門」のように弾圧され、ビジネス拠点はなくなってしまう。そのビジネス拠点の移転先が、政治、治安も安定している日本(東京圏・関西圏・名古屋圏)になる、と大手都市銀行など金融のプロが予測したから、不動産バブルは起きた。中国が香港を当分「社会主義化しない」と打ち出すや、日本のバブルは崩壊した。

バブルは所詮バブル(泡)だから、いいことは何もない。そのもとである弾圧や戦争はさらによくない。やめて欲しい。